2009年6月23日

福岡県労働委員会
会長 野田 進 様

フリーターユニオン福岡
代表執行委員 上村陽一郎

準備書面(1)


福岡労委2009年(不)第5号河合楽器製作所不当労働行為救済申立事件について、次のとおり弁論を準備します。

第1 申立人組合の異本的な主張−公益委員の求釈明に対する釈明として−

1.申立人組合の結成意義と社会的背景
 フリーター非正規雇用労働者ユニオンふくおか(以下、申立人組合)は、2006年に結成された合同労働組合である。申立人組合は昨今社会問題化した派遣労働その他の拡大に象徴される雇用の不安定化・流動化の中で、各種のいわゆる「非正規」の形態で働く労働者の労働条件の改善を目指して結成された。申立人組合は狭義の「パート労働者」のみならず、いわゆるフリーランス等の形態で働いている人も組織している。
 結成以来取り組んできた案件には、いわゆる「個人事業主」等として「委任」ないし「業務委託」等の名目の契約を結んでいるものの、実態としては会社企業に従属しつつ、時間や場所を拘束され、かつ会社の一般的な指揮命令下で労務を提供しているという事例が極めて多かった。社会の変化にともなって企業形態と雇用形態が多様化している現状においては、個々の労働者の働きかたに多様な選択肢が認められること自体はよいことであるが、企業がその圧倒的に優越的な地位を利用して、実際には従属的な地位にある労働者との関係を、さも対等であるかのごとくに偽装し、労働者の諸権利を軽視するがごとき事態は決して許されない。

2.組合員Q氏の置かれた状況と入社時の認識
 組合員Q氏(以下、Q氏)は、音楽大学を卒業後、自らの技能と関心を活かした仕事に就くことを望んで被申立人河合楽器製作所(以下、被申立人)への「就職」を希望した。
 その当初においてQ氏は雇用契約と委任契約との法的区別などについて、明確な認識があったわけではないが、面接から採用にいたるまでの過程において、「企業組織の一員として働くために就職する」いう本人の観念を逸脱するような事態、あるいはそのような観念を明確に否定するような会社からの説明等に直面することはなかった。採用後初年度の講師に割り当てられるコマ数は少なく、結果として報酬は生計維持にはほど遠い水準であったが、Q氏は、被申立人音楽教室で経験を積み、技能を高めることを通じて労働条件が改善できることを望みとして鋭意職務に専念するつもりであった。
 被申立人音楽教室においても、ビラ配り等の各種の労働には率先して従事し、補助的収入の確保に努め、ピアノ講師として業務に従事する以外の時間においては、音楽家としての技能を活かせる仕事を中心に探しており、機会があれば編曲などの単発的な業務に従事してきたものの、安定した収入源は得られなかった。Q氏としては、当面の収入の少なさを解決することと自分が望む仕事をすることが必ずしも両立しない状態にあっても、被申立人音楽教室で経験を積んで生計を立てることを目標としてきたのであり、被申立人音楽教室の制度自体も講師がそのような希望を持つことを全く排除していない。

3.労働委員会に求められるべき団結権の保障
 冒頭でも述べたとおり、多様な企業形態と雇用形態が存在するかぎり、Q氏のようなケースについては、仮に被申立人音楽教室に拘束されていない時間においてQ氏がいかなる労働に従事したか否かにかかわらず、個別の企業内部における労使関係ないし雇用関係の存在を、企業が不当に偽装するような事態を放置しないことが重要であり、さもなければ、被申立人のような大企業は、不特定多数の講師に対して圧倒的に優越的な地位を利用して、「音楽を通じた仕事をしたい」という講師たちの希望を逆手に取って、企業の都合で不安定な労務提供契約を押しつけることを放置することになりかねない。
 申立人組合は今回のカワイ楽器製作所との間の係争について、企業との関係性において紛れもなく従属的地位にあるピアノ講師が、労働者としての最低限度の権利を否定されたものと考えているが、重要なことは、企業が労働者を対等な契約相手だと認識しているか否かではない。そのような認識や建前にもかかわらず、労使関係、雇用関係といえるような要素が忍び込み、実態と名目との関係が「偽装」と呼ぶべき状態にならないように配慮する義務を企業が果たしているか否かこそが、企業の法的・社会的責任として問われるのである。
 そのような配慮がないところに、不特定多数の講師が大企業たる被申立人との間に従属的関係を強いられるのは構造的な必然である。被申立人にはそのような配慮が欠けているのみならず、労働者の権利に対する無知と無理解ゆえに、広義の労働者に対して相当広範に認められた憲法上の権利である団結権を否定し、第三者に判断を委ねようとしている。経営者が労働者に対して「団体交渉」を申し込むなどという本末転倒ならばいざ知らず、企業に対して労務を提供している不特定多数のピアノ講師の一人が、団結権を行使して要求している団体交渉要求を拒否するということが、企業の選択肢として一端認められ、しかるのちに第三者機関である労働委員会がその是非を判定する、などということが許されるならば、憲法上の団結権の本義は大きく損なわれ、事実上権利として死に体になってしまう。被申立人に労務を提供しているピアノ講師が団結権自体を否定されるべき理由は微塵もない。
 申立人組合は、団結権、団体交渉権の本義に基づいて、被申立人との直接交渉によって問題が解決されることを強く望むものである。

第2 被申立人音楽教室講師の労働者性−答弁書への反論として−

1.講師の採用および地位について
(1)Q氏は短大在学中、学校に送付されていた被申立人音楽教室の講師募集要項を見て、講師採用試験を受験しようと思い立った。なお、募集要項においては、講師は会社と委任契約を結ぶとされており、講師は個人事業主であるという主旨の説明が書かれていた。

(2)Q氏は、被申立人音楽教室の講師という地位を得たのは、答弁書の第2(2)アにある通りである。すなわち、委任講師選考試験を受験したうえで、会社に採用が決定され、その後、委任契約を締結することによってである。公益委員の求釈明事項でもある被申立人からの委任契約との説明(記載)は、アにおいて触れた募集要項のみである。他に、契約締結に至る過程の中で、Q氏に対して委任契約に関する説明がなされたことはない。
なお、Q氏が受けた試験に小論文はない(本案に対する答弁(以下答弁)(2)のアに対する反論)。Q氏は小論文のないポピュラーミュージックスクール(以下PMと略)を受けた為である。

(3)Q氏との被申立人の契約は、被申立人が一方的に提示する契約書に署名、捺印したものであり、条件等の協議の余地はなかったものである。講師の採用に際しては、委任講師の肩書きだけの説明にとどまり、委任講師にはどのくらいの権限や自由が業務において認められているのについては、被申立人からの説明は一切なされてはいない。

(4)講師の地位は、会社組織から独立したものではなく、会社組織の一員という位置付けとなっている。そのことは、乙4号証において、講師は被申立人会社に「入社」するという扱いになっていること、あるいは、講師を辞める際には「退職」として扱われていることからも明らかなことである。

2.勤務地の決定について
(1)答弁書の主張(4)1において「来年度の契約の意思確認、稼働日や担当教室の希望などを本人に確認し、それを基に、(中略)、担当教室を決定している」ため、業務に従事するか否かは本人の意思で自由に決定し得るとされている。しかし、本人の勤務地や稼働日数などに関する希望を聞いて担当教室を決定することは、雇用契約の下であってもなしうることであり、先に引用したことは、諾否の自由とは全く無関係である。

(2)実際には、年度の初めのシフト表でその年の担当教室および稼働時間が被申立人によって決められ、講師は依頼された仕事に対する諾否を答えるのみである。
 被申立人音楽教室に所属している講師のうち、なんらの教室も受け持っていないものは存在せず、全ての講師が担当する教室を持っている状態である。実態としては、カワイからの業務の依頼を断る講師はおらず、業務依頼が断られるほうが例外的な状況である。現実として、業務の依頼を断ればその分の報酬は減るので、講師は仕事を受けざるを得ないためである。
 また、Q氏が確認した講師の証言として、契約更新の際に行われた面接において、会社側が提示した教室について全て断ったところ、更新が拒否されたという事例もあったという。したがって、業務の諾否の自由は存在しないということができる。

(3)Q氏の担当する教室が決定される過程は、答弁2(2)アにおいて書かれたとおりであるが、古川講師が直接、Q氏に対してあるいは他の講師に直接打診して後任の講師を決めたわけではない。
また、松翠保育園については、園側が女性講師を希望し、被申立人がその希望を受けて、一旦依頼したQ氏から別の講師に交代した。Q氏が2008年4月から受け持ってきた教室にしても、それは先に述べたように、被申立人が一方的に決めたものである。
 したがって、労務提供の場所、時間的作業方法に関する拘束性は存在している。

(4)講師が他の講師のために、臨時的にレッスンを担当することも認められてはいない。筑紫野ベレッサ教室において、武藤講師が担当するレッスンをQ氏が一日だけ代わりに行ったことがあった。その後、福岡事務所職員山根氏から「うちは先生同士の自主的な交換は認めておりません」とQ氏は注意を受けた。後の講師会合でも、その旨の伝達が行われた。そのことは、講師会合の時のプリントにも明記されている(甲12号証)。以上のことから、労務提供に代替性は無いということができる。

3.講師業務について
(1)講師は、被申立人が用意した教材や方法によってレッスン指導を行っている。したがって、講師が独自の方法、教材を使用するといった自らの裁量による指導はできないようなシステムになっている。なお、答弁2(3)アにおいて「教材は貸与である」とのことであるが、教材については被申立人は、2008年3月に買取を求めてきていた(甲13号証)。

(2)講師が業務に当たる際には、被申立人所定の身分証明書を常に携行せねばならない(甲14号証)。このことは、被申立人が講師を会社組織の一員として扱い、また顧客との関係においては講師を会社の従業員として扱っていることの証明である。

(3)講師は、2か月に1回生徒のレッスンの進度をプリントで報告する義務がある。また連絡網のメールでも毎週1回、「調査」という形で以下の事を報告しなければならなかった。
 1今月来月の入学(なお、生徒の所有楽器、調律希望なども調べなければならない)2今月度の休学・退学者(教室名・コース・生徒名・理由・復学予定)3今月度のグレート受験数。
 生徒のレッスンの進度に関する報告に関しては、委任契約の範囲内であるといえる。しかしながら、毎週1回の調査に関しては、委任契約が予定する報告義務を逸脱するような内容である。

(4)被申立人はQ氏に対して、有料の研修や先輩講師の有料レッスンが任意なものであるという説明を一切なしていない。それが任意であることが判明したのは、申立人が被申立人に直接電話で問い合わせて以降のことである。
 Q氏が、任意であるならばレッスンは受けないと申し出ると、山根氏から「受けなければレッスンの視察に来る」、あるいは後に「ピアノの演奏を録音して提出するよう」に求められた。その理由は、レッスン指導にあたる講師の技量を会社が把握する為であると、被申立人から申立人に対して説明が為された。これは、実際にはレッスンを強制していることと同じことである。また、被申立人が講師にレッスンを強制するということは、講師に対して指導を行っていることと変わらない。

4.給与の決定方法について
(1)被申立人の説明のとおり、給与は歩合給で支払われる。この額に関しては、被申立人が一方的に決定するものであり、講師と被申立人の間に協議の余地は全くない。

(2)歩合の額については、グレードによって決定される。グレードの取得級に応じて、歩合の額は大きくなる。このような決定方法を採用しているということは、被申立人が人事評価的な方法によって報酬を決定しているということができる。なお、被申立人はグレート取得級に応じた歩合給について講師の要望にもかかわらず一切開示していない。

(3)グレードを取得するためには、試験料を支払ってグレード認定試験を受験せねばならない。報酬を上げるためには試験を受けるしかなく、講師は実質的には、グレード試験を強制されざるを得ない立場におかれている。これに付随することであるが、有料のレッスンは、グレード取得の準備という側面も有している。有料レッスンが任意のものであるといっても、それが報酬をアップさせることと関連付けられている以上、それは強制的な性格を持っている。

5.講師研究会および諸行事について
(1)講師研究会の入会が任意であることは、申立人が被申立人に確認するまでQ氏に対して説明がなされていなかった。また、講師は加入することが前提として運営されている。それは、答弁2(3)イ、ウについて認められるとおりである。

(2)講師研究会に入ってない43名はポピュラーミュージックあるいは特別講師であると推測される。なぜなら、会社全体に公には知られていないが、その二者は音楽教育の一般の講師よりも会社からの重圧が少ないからである。

(3)答弁において「合同練習はグループの担当講師達が自主的に集まって練習する…」とするが、合同練習がこのようなものであるということは、本答弁書に至るまで説明がされていなかった。これをQ氏が、被申立人の命令と認識するのは当然である。また、嘱託講師である志岐先生が、会社の経費からなかば自主的に一回分だけの交通費を出した事例もあった。
 また後に、Q氏がこの報酬や交通の支給がない旨を山根氏に訴えたところ、「合同練習が嫌なら自分で生徒を大人数集めればいいだけではないか」という説明がなされており「講師の自主的な練習」という話ではなかった。

(4)申立書2(3)ウにおいて「講師研究会の費用3000円は」とあるのは誤りである。報酬から控除されたのは、音研会受講2,500円(平成20年5月度明細)、音研会受講1,900円(平成20年9月度明細)である。これらは、Q氏が受講した研修の費用である。なお、これらの研修の受講が任意であることについて、被申立人からの説明はなされてはいない。これらが任意であると理解できたのは、申立人が被申立人に接触して以降のことである。

6.契約更新について
 Q氏の契約更新について、被申立人とQ氏の両者の協議で決定されたものではなく、被申立人の一方的な決定であったことは明らかである。詳細は追って主張・立証する。

第3 結語

 第1で述べたように、申立人組合は、被申立人との直接交渉すなわち労組法に定められた団体交渉の場での話し合いにおいて解決を求めるものである。労組法上の労働者であるQ氏の労働条件について、申立人組合が要求した団体交渉に応じないことは、明らかな不当労働行為であり、団結権の侵害である。これを前提とした上で、第2において申立人組合は被申立人の偽装的委任契約の違法性を述べた。今後、公益委員の被申立人への求釈明に対する釈明がなされた上で詳細に主張立証していく。その過程において、被申立人の違法行為がQ氏に対する差別取り扱いとして表出し、ひいてはそのことが申立人組合への不当労働行為へと及ぶことについて、申立人との3回に及ぶ団体交渉での被申立人の発言を中心に、追って詳細は主張する。しかしながら、これらの主張立証を待つまでもなく、被申立人の違法性は明らかであり、被申立人は早急に団体交渉を開催し、自らの非を認め解決する事を求めるものである。

以上

戻る

inserted by FC2 system